いろいろなこと 執筆者:片山由美子(弁護士)

はじめまして。4月から本エッセイを担当する片山由美子と申します。柴田先生からエッセイの執筆を打診されたときは、不届きながら本エッセイを読んだことがなく、気楽に引き受けてしまいました。帰宅してブログを拝見したところ、あまりにレベルが高く、それも同じ「英文法ゼミ」の参加者で、いつも高度な雲上の議論を展開される田中さんと川月さんも執筆されていて、どうしたものかと思っているうちに4月がきてしまいました。今回の執筆の打ち合わせの際においしいフレンチをごちそうになったこともあり、後にはひけないので、1年間頑張ります。どうぞお付き合いくださいませ。
初回なので、軽く自己紹介をさせていただきます。私は15年ほど前から弁護士をしております。研修時代に、刑事事件や相続・離婚などの案件をこなすのには私の精神は繊細すぎることを悟り、ずっと企業法務を担当してきました。7年間ほどは、外資系金融機関の社内弁護士的なことをして、監査役や法務部長を務めてまいりました。しかし、企業法務といっても、何億円も動くプロジェクトに意見したり、知り合いの社員に会社を辞めてくれるよう説得したり、やわな神経でこなせる職責ではないことを痛感する日々でした。一方で、このころ子供にクラッシックバレエを教えはじめ、これが楽しくて、いつも夢の中にいるようで、逆にますます弁護士業が重たくのしかかってきました。そんな時に3・11の地震が起こり、私の中の軸も動き、弁護士業をやめる決意をしました。その後バレエを教えながら社内弁護士時代に好きだった翻訳の勉強を開始し、今は翻訳業とバレエの先生と翻訳学校の講師をして生活しています。ただ、やはり世間的に「とおり」はいいので、弁護士資格は保持しています。
私が翻訳するものは、おもに法律文書です。日本語の法律文書が形式ばっていて読みにくいように、英語の法律文書も通常の英文とは少々違っています。文芸などでは、言葉の選択はセンスによるところが大きいと思いますが、法律文書は定訳といわれるものがある程度決まっていて、言葉の選択は知っているか、知らないか、知らなければ間違いとなります。
次回からは、私が法律文書の翻訳で考えることや、翻訳業界について思うことなどを述べていきたいと思います。
この文章がブログに載る頃は、東京の桜は満開でしょう。私はさくら中毒で、以前はよく桜前線と一緒に週末になると関西から東北や北海道まで移動していました。さくらのピンクと、そこから透ける空の青さと、光の金色が混じり合う景色ほど美しいものはないと思います。桜/さくらは「sakura」と訳してほしいものです。「cherry blossom」では、あの桜感は表現できません。これが翻訳の限界なのでしょう。ただ、「さくら」と「桜」でも感じるものは違います。そもそも言葉の置換え自体に、限界があるのでしょう。

 

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